さて皆さん、皆さんの家では電話が鳴ったとき、何度目のコールで受話器を上げる
でしょうか? おそらく多くの方は、
「そんなの電話からの距離によるよ。」
 と言われるでしょうが、Zekeの場合その多くは三度目が鳴る前に受話器を上げるこ
とにしている。
 特にこれといった意味はないのだが、強いて言えばポリシーがあるのだ。
 そう言えば私の友人の家は変わっていて、10数回鳴らしてやっと出て来るという
有様である。どういう訳だと問い質したところ、
「いや、他の誰かが出ると思って誰も取らないんだ。」
 という何とも微笑ましい答えが返ってきた。
 更にこの家族、一家団欒が午後11時に始まるという妙な一家だったりする。

 さてさて、妙な一家と言えばお馴染みのこちら。
 この家は一体何度目のコールで受話器が上がるのだろう?



『Lady Generation』

(Episode 4)

〜Seven Days War〜


構想・打鍵:Zeke

 この作品はフィクションです。登場する人物、名称、土地、出来事等は実在するものではありません。
 また本作は(株)ELFの作品「同級生2」の作品世界を設定として使用しております。




月曜日‥‥
 TRRRR‥‥
 ダダダダダダダ‥‥
 ドドドドドドド‥‥
 TRRRR‥‥

「待て、唯! 俺が取る。」
 TRR‥‥
「はい、もしもし‥‥はい、そうですけど‥‥あ、友美ちゃん?」
 どうやらタッチの差で唯がとったらしい。
「‥‥えー、うそー‥‥うん、じゃ、またね。」
 【なんだ、えらく淡泊な会話だな。ちょっと巻き戻してみよう。】

 ‥‥
『はい、もしもし』
「あ、あの綾瀬さんのお宅でしょうか?」
『はい、そうですけど‥‥』
「あの、龍之介君をお願い出来ますでしょうか?」
『あ、友美ちゃん?』
「は? 私、美保ですけど‥‥」
『えー、うそー』
「嘘じゃないです。龍之介君お願いします。」
『うん、じゃ、またね。』
 カチャ
 【おいおい‥‥】
 しかしいくら龍之介が鈍感だとは言っても、この会話に不振を抱かないほど人間離
れはしていない。
「おい、今の本当に友美からだったのか?」
 受話器を置いた唯に向かって問い質す。
「そうだよ。」
「それにしてはやけに他人行儀だったじゃないか。声で友美だって分からなかったの
 か?」
「親しき仲にも礼儀ありだよ、お兄ちゃん。」
 【親しくない人に対しての礼儀は?】
「そんなことより、もうすぐバレンタインだね。」
「話を逸らすなよ、そういや最近変なんだ。ナンパした女の子から電話が一本も掛
 かってこない。‥‥まさかお前。」
 【おお! 今回はやけに察しがいいじゃないか】
「唯がなに? ナンパに失敗したのを唯のせいにしないで。」
 その言葉はぐっさりと龍之介の胸に突き刺さった。
「う‥‥そういうことはわかっていても言っちゃいけないことだぞ。」
 【なら自分から振らなきゃいいのに‥‥】

「しかし何だな、去年のバレンタインは酷かった。1個しかもらえなかったもんなぁ」
 【普通は1個貰えば十分なの!】
「嘘だよ。唯と友美ちゃんがあげたから二つだよ。」
「お前のは数に入らない。」
 【なんてゼイタクな】
「しかし今年は期待できるぞ。友美にいずみに可憐ちゃん、桜子ちゃんにみのりちゃ
 ん、それに‥‥」
 【それが全部義理じゃないってのは凄いことだよな。】
「唯もあげるね。」
「義理ならいらないぞ。」
 それに対し、唯が真剣な目で龍之介を見つめる。
「唯は‥‥いつだって本気だよ。」
「え?」
 その目に龍之介が一瞬たじろぐ。
「唯が毎年あげてるチョコはいつも本命だよって言ってるの。」
「だ、だってお前は妹で‥‥。」
「おにいちゃん!」
 ずいっ と龍之介に詰め寄る唯
「お兄ちゃんは唯のこと嫌い?」
 ちょっと潤んだ目で龍之介の目を見つめる。
「き、嫌いじゃないよ。」
「嫌いじゃないって事は、好きって事でしょ?」
「う‥‥。」
「はっきり言って、お兄ちゃん。」
 【しかしここではっきり答えてしまわれると、このシリーズ終わってしまう。】

 TRRRR‥‥
 【最早お約束だ。】
 反射的に二人の手が受話器へと伸びる。
「待て、今度こそ俺が取る。」
 しかし、またも龍之介の訴えは無視され‥‥
「はい、もしもし‥‥はい、そうですけど‥‥あ、いずみちゃん?‥えー、うそー
 ‥‥うん、じゃ、またね。」
 【‥‥】 

            ☆            ☆

 そんな電話のやりとりの数時間前。某公園脇にあるピザハウス。
「今年のバレンタインは休日の土曜日なのよね。」
 【カレンダーを見ないように。ご都合主義なもんで‥‥】
 友美の言葉で6人の間に静寂が訪れた。6人とはもちろんこの6人。
 友美・いずみ・可憐・桜子・みのり、そして唯。最早1つのテーブルでは座りきれ
ず、二つくっつけて座っている。
 で、年頃の女の子が6人も集まれば当然の如くうるさい。いや、うるさかったのだ
が、友美の一言で水を打ったような静けさになってしまった。
「もう予定が入ってるのかしら。」
 と桜子。
「まだみたい。それらしい電話取ってないし‥‥。」
「なんだよそりゃ、龍之介への電話は全部唯経由かよ。」
「そうだよ。唯が取れないときはお母さんが取るからね。」
 えっへん と胸を張ってみせる唯。暗に「自分に内緒で龍之介をデートには誘えな
いよ。」と言っているようだ。
「とはいえ今日まで予定が入っていないからと言って、今後も予定を入れないと言う
 確証は無いわね。」
「あの龍之介さんに限って、100%無いでしょう。」
 ‥‥はぁ〜
 6人分のため息がテーブル中央で小さな渦を作る。
「‥‥なぁ唯、龍之介宛に掛かってきた電話は全部繋いでいるのか?」
「うん。」
「なんで?」
「なんでって言われても‥‥繋がなきゃお兄ちゃんに怒られちゃう。」
「でも龍之介君には自分宛に掛かってきた電話かどうかわからないんでしょう?」
「あ、それは良い考えですね。鳴沢さんが龍之介さんに電話を繋がなければ、相手を
 デートに誘う事が出来ませんから。」
「ち、ちょっと待ってよ。ばれて怒られるのは唯なんだよ。」
「だからいいんじゃない。」
「‥‥ふーん、そぉ。もしばれて今後家に掛かってきた電話が直接お兄ちゃんに取ら
 れてもいいって言うならやってあげるよ。」
  他の5人にとってそれは、メリットよりデメリットの方が、はるかに大きかった。
「それは‥‥困るかも。」
「でしょ。だから今まで通りにデート現場で邪魔した方が現実的だよ。」
 ほっ、としたように背もたれに寄りかかる唯。しかし‥‥
「いえ、やっぱり唯ちゃんには一肌脱いで貰いましょう。」
 今まで黙っていた友美が口を開く。
「友美ちゃん、他人事だと思って‥‥」
「話を聞いて。いい? 電話は私達から掛かってきたことにするの。」
「?」
「だからね、私達から掛かってきたことにすれば口裏も合わせ易いし、バレる心配も
 少ないと思うの。」
「なるほど。」
「良い考えね」
 いずみと可憐が同意する。桜子とみのりにも異論は無いようだ。
 異論があるとすればたった一人。
「そんなぁ。」
 唯だけだった。

 そんなわけで、先程の電話はこの作戦(作戦名・バイレム)が発動された結果だっ
たりする。

           ☆            ☆

火曜日‥‥
 八十八学園南等2階にある1年A組の教室。
 普段なら遅刻ギリギリ(時によっては完全に遅刻)で教室にやってくる龍之介が珍
しく始業10分前に教室に入ってきた。
 そしてそのまま友美の机へと直行する。
「おい、友美。」
「なに? 龍之介君。」
 にっこりと天使のように微笑んで笑顔を龍之介に向ける。
「お前、昨日うちに電話したか?」
 眼鏡の奥の瞳がキラリと光る。
「ええ。ちょっと唯ちゃんに用事があって‥‥。」
「‥‥の割には随分あっさりとした会話だったな。」
「当たり前でしょ。建て込んだ話なら直接会うわよ。」
「う‥‥まぁ、そりゃそうだな‥‥おーい、いずみっ」
 友美に背を向け、龍之介はたった今教室に入ってきたばかりのいずみの机へと向かっ
た。
 この後龍之介は、可憐・桜子・みのりと巡回するのだが、似たような答えが返って
くるだけだった。

            ☆            ☆

水曜日‥‥
 しかし如何な龍之介とは言え、連日同じ様なことが起これば、不自然に思わない訳
い。3日目の今日、反攻作戦を開始した。

「お帰りなさい、龍之介君。あら? なにやってんの?」
 喫茶店からリビングに上がって来た美佐子が、電話の近くまで椅子を持っていき、
そこで雑誌を読み耽っている龍之介に話しかける。
「ん? ああ、美佐子さん、ただいま。ちょっと電話番をね。‥‥唯は?」
「さっき帰ってきたけど、部屋に閉じこもったままよ。」
「ふーん、あきらめたか。」
「え? あきらめたって?」
「い、いや こっちの話だよ。」
 TRRRR‥‥
 電話が鳴り受話器が上がる。受話器を上げたのはもちろん‥‥
「はい、もしもし‥‥いえ、違います。」
「あの‥‥美佐子さん?」
「あら、ごめんなさい。反射的に手が出ちゃったわ。でも間違い電話だったわよ。」
 にっこり笑って美佐子はキッチンに入って行くが、その後ろ姿を見て龍之介は四方
から楚の歌が聞こえた様な気がした。
「ま、まあ、もう邪魔されることもないんだし‥‥。」
 気を取り直して雑誌に目を落とす。

 そして1時間後‥‥
 TRRRR‥‥
 読んでいた雑誌をゆっくりと閉じ、
 TRRRR‥‥
 満面の笑みを浮かべ受話器をあげる龍之介。
「もしもし‥‥」
「‥‥」(無言)
「もしもし?」
「‥‥」(無言)
「何だよ、イタズラ電話か。」
 乱暴に受話器を置く‥‥が、外線ランプが点いたままになっている。
「あれ?」
 もう一度受話器を上げ、今度はゆっくりと置いてみる。それでもランプは点いたま
まだ。
「???」
 仕方なく暫く放置しておくと唐突にそれは消えた。よくよく見ると電話機が替
わっているではないか。
「美佐子さーん」
 キッチンをのぞき込み、夕食の支度をしている美佐子を呼ぶ。
「なに?」
「あのさ、電話機替えた?」
「あ、気がついた? 唯がどうしてもコードレスが欲しいって言うから‥‥」
 が、リビングの電話はコードレスではなかった。
「で? そのコードレスは?」
「1個はお店に置いてあるわ。もう1個は唯に渡したけど‥‥あら、龍之介君?」
 美佐子の言葉を最後まで聞くことなく龍之介は階段をドカドカ駆け上がり、蹴破る
ように唯の部屋のドアを開け中に入る。
「おい! さっきの電話、誰からだったんだ?」
「うん? 可憐ちゃんから。」
 ベッドに寝転がって雑誌を見たまま、顔も上げずに唯が答える
「なに話したんだ? いや、過去のことはもういい。そのコードレス子機を俺に渡し
 て貰おうか。」
「なんで?」
「なんでって、お前俺宛に掛かってきた電話を勝手に処理してるだろ。」
「そ、そんなこと‥‥ないもん。」
 【嘘の付けない性格】
「ほぉ、とぼける気か‥‥それなら、俺の目を見ろ。」
 龍之介が唯の目をじっと見据える。唯も負けじと龍之介の目を見つめ返すが、3秒
と保たなかった。
「ほーら、嘘付いてる。俺は優しいから今正直に言えば笑って許してやろうじゃない
 か。」
  【そんな気はさらさら無いくせに‥‥】
「し、正直にって言われてもホントに可憐ちゃんからだったよ。」
「そうか‥‥シラを切るなら実力行使だ。」
 唯のベッドへにじり寄る龍之介。
「お兄ちゃん女の子に暴力ふるうんだ。」
 ベッドの上に中腰になり、手に持っていた子機を胸ポケットにしまい込む唯。
「取りたかったら取ってもいいよ。」
「ふん、お前の無い胸なぞ触ってもなにも感じないぞ。早くよこせ。」
「そう思うんだったら取れば? お兄ちゃんのエッチ。」
「俺はやると言ったらやるぞ。」
 更に一歩ベッドに近づく。

 TRRRR‥‥
 突然、唯の胸ポケットにあるコードレスが名乗りを上げる。
 一瞬唯の手が胸ポケットへ行くが、龍之介の顔を見て思いとどまる。
 TRRRR‥‥
「電話鳴ってるぞ。」
「鳴ってるね。」
 TRRRR‥‥
「早く取れよ。」
「取ったところを奪うつもりでしょ。その手には乗らないよ。」
 TRRRR‥‥
「そこまで言うなら仕方がない。」
 言うが早いか唯に襲いかかる龍之介。あわてて唯が胸を抱えベッドの上にうずくま
る。
「きゃあきゃあ」
「えーい、往生際の悪い、さっさと渡さんかい!」
 どったんばったん
「うりゃ!」
 龍之介の手が唯の胸ポケットへ

 ふにゃ
「きゃん」
「なんだ? このコードレスやけに柔らかいじゃないか。」
「お、お兄ちゃんっ‥‥それ唯の‥‥胸‥‥。」
「へっ?」
 ピタッと龍之介の手が止まる。
「‥‥コードレスは?」
「どっかいっちゃった。」
「そうか‥‥」

 ‥‥沈黙の十数秒
「‥‥結構‥‥おっきいんだ。」
「え?」
「唯の‥‥ここ」
 少し持ち上げるように、龍之介が手を動かす。
「んっ‥‥82のBカップなんだよ。」
「ふーん‥‥なんか心臓がすごくドキドキしてるけど?」
「お兄ちゃんが胸を触っているからだよ。」
「‥‥じゃ、こんな事したら?」
「うぁ‥‥お、お兄ちゃんのエッチ。」
「イヤなら正直に言え。電話、誰からだったんだ?」
「‥‥か、可憐ちゃんから‥‥や、あっ‥‥」
 ”くっ”と龍之介の手に力が込められる。
「もう一度だけ聞くぞ。俺宛の電話を勝手に処理してるだろ?」
「‥‥し、知らないもん。」
 龍之介の左手の指先が胸の先端に伸び、右手は徐々に唯の下の方へ降りて行く。
「そうか‥‥じゃあ、お仕置きだな。」
 観念したのか、唯の全身から力が抜ける。
「‥‥うん‥‥お仕置き‥‥して‥‥」 
                     
            ☆            ☆

『‥‥』
『‥‥』
「変ねぇ‥‥」
 さて、こちらは切れたと思われている電話の向こう側。
『‥‥』
「いつもなら1コールで出るのに‥‥」
『‥‥』
「どうかしたのかしら?」
 
「(あ、つながった)もしもし」
『きゃあきゃあ』
「?」
『えーい、往生際の悪い、さっさと渡さんかい!』
 どうやら唯が胸を抱え込んだ拍子に、受信のボタンに触れてしまったらしい。
『どったんばったん』
「‥‥なにやってんのかしら? もしもし?」
『うりゃ』 『きゃん』

    以下、上記参照
        ・
        ・

 会話(会話?)が進むにつれ、彼女が持つ受話器が怒りで震え出す。

        ・
        ・

『そうか‥‥じゃあ、お仕置きだな。』
『‥‥うん‥‥お仕置き‥‥して‥‥』

 彼女は静かに受話器をフックに戻すと、ゆっくりと窓に近づき、カーテンを‥‥続
いて窓を開ける。
 そして手に持ったジェーン年鑑を(ジェーン年鑑?)2メートルと離れていない隣
の家の窓に思い切り叩き付けた。

                  ☆

 ガッシャーン!

 当然この音は、ベッドの上で『超絶らぶらぶ状態』に陥っていた二人の耳にも届い
たようで、我に返った龍之介がベッドから跳ね起きた。
 【我に返った? 素だろ。】
「俺の部屋からだったな。」
 そう呟くと、唯を置いてさっさと部屋を出ていく。もちろんベッドの下に落ちてい
たコードレス電話を拾っていくことを忘れない。
 一方、置いてきぼりを食った唯は‥‥
「なによぉ。唯よりも窓が割れた方が気になるの?」
 【惜しかったね】

「うわっ、酷いなこりゃ。」
 部屋の中は酷い有様だった。窓ガラスが割れ、破片が散乱している。
「一体誰がこんな事を‥‥」
 【一人しかいないって‥‥】
 ふと割れた窓の向こうに目をやると、今にもファッション雑誌を投げつけようとす
る友美の姿があった。
「友美‥‥お前がやったのか? これ‥‥。」
 まるでその問いが聞こえ無いかの様に、友美は龍之介に雑誌を投げつける。
「ばか‥‥」
 しかしその声は呟くように小さく、龍之介には届かない。
「は?」
「ばか。」
 今度は少しはっきりと。そのせいで涙がこみ上げてくる。
「何だよ。俺が何かしたか?」
「自分の胸に手を当てて考えてみなさいよ。」
 言われるままに自分の胸に手を当てる龍之介。
「‥‥わかんない。」
 【自分の胸だからじゃないか?】
 その答えに友美の目から堪えていた光が溢れ出す。
「お、おい、友美? わっ、ばか やめろ。そんなもん投げたら‥‥」
 次に友美が手にしたのは、重量級の広辞林(広辞苑でも可)だった。

「龍之介君のばか―――――――っ!」
 涙の滴を飛ばしながら投げつけられた怒りと嫉妬の広辞林(広辞苑でも可)は、見
事に龍之介の額に命中した。
 【凄いぞ友美、今年のリリーフエースは君だ!】
 !
「ぐわっ!」 
 仰向けになって倒れる龍之介。

「馬鹿っ!」
 友美はもう一度だけ叫ぶと、窓を乱暴に閉め、カーテンをひく。
 もっとも白目をむいた龍之介に、その声は届いてはいなかったようだが‥‥。

           ☆            ☆

木曜日‥‥
「ごめーん。遅れちゃったぁ。」
 お馴染み公園脇にあるピザハウス。
「唯ちゃん遅い!」
 可憐が席を立ち、唯を迎える。
「ごめんね。ちょっと電車が混んでて‥‥。」
「つまんない言い訳してないで。はい、座って座って。」
 可憐は唯を友美の隣に座らせ、自分も唯の隣に腰掛けた。ちなみに6人の位置関係
は、下の様になる。

 ――─――窓  際―─―――
  友 美   唯   可 憐
  ┌────┐┌────┐
  |テーブル│|テーブル│ 
  └────┘└────┘
  いずみ  桜 子  みのり

 【これを見ればこの後なにが起こるか察しは付くだろう。】
「ところで今日はなに? 突然うちの学校に電話かけてくるんだもん。びっくりし
 ちゃったよ。」
「ちょっと中間報告をね。」
「龍之介は片桐先生に頼んできたから、2時間くらいは足止めしてくれると思うよ。」
 【本当に四面楚歌だな、龍之介。】
「ところで鳴沢さん、何か良いことがあったんですか?」
 みのりが言うまでもなく、唯の顔は筋肉が存在しないかの様に綻んでいる。
 当然のことだがそれは昨日の件にあった。
『ライバルを出し抜いている』という優越感などではなく、純粋に龍之介と『そー
ゆー関係(『びぃ』までの関係)』になったのが嬉しいらしい。   
「え、わかる? へへ。大した事じゃ無いんだけどね。」
「の割には随分と顔がニヤ着いているわ。教えてくれないの?」
「え‥‥っと、他人に言うほどのもんじゃないから‥‥。」
 【特にこのメンバーにはね。】
「あ‥‥そう。別に言いたく無いんなら言わなくても良いんだけどね。」
「‥‥?」
 普段ならしつこく追求してくる筈の5人が、こうもあっさり鉾先を納めてしまう事
が、逆に唯を不安にさせた。
「言わなくても良いけど‥‥、唯ちゃん?。」
 突然友美が唯の右腕に腕を絡めてきた。
「抜け駆けは良くないわね。」
 左腕が可憐にガッチリと掴まれる。
「え? え?」
 それと同時にいずみとみのりが2つのテーブルを左右に離す。そしてその間に座っ
た桜子が一言、
「お兄ちゃん、唯にお仕置きして()」
 唯の声色で真似てみせた。

 ザザ――――ッ(血の気が滝の様に引いて行く音)
「あは、あはははは‥‥。ゆ、唯、ちょっとお手洗いに‥‥」
 立ち上がろうとするが、左右の腕を掴まれていて身動きすることもままならない。
「慌てなくてもお手洗いは逃げませんよ。その前に‥‥ね。」
 【確かにトイレは逃げんと思うけど、トイレに行く目的は、待っちゃくれないと思
  う。もっとも、今の唯はただ単にその場から逃げ出したいだけだから、あまり関
  係ないけど‥‥】
「み、みんな落ち着いて。別に唯がお兄ちゃんを誘った訳じゃ無いんだよ。お兄ちゃ
 んが唯に襲い掛かって来たんだから‥‥。」
 が、唯の言い訳は、火に大量の酸素とJP4(註:ジェット燃料の名称)を注ぐ結
果になった。
「尚悪いわ。」
「そうそう、強い意志を持って断って欲しかったな。」
「龍之介君だって『お兄ちゃん、やめて』って言われれば我に返ったと思うし‥‥」
 【それは絶対逆効果だと思う。】
「まっ、何にしても‥‥」
「間接キスだけじゃ教育が足りなかったみたいだから‥‥」
「そうね。本当はこんな事したくないんだけど。」
 【そうか? すごーく楽しそうにやってるみたいだけど‥‥】
「や、やだ〜〜〜〜。」


 ぴんぽーん‥‥

 只今現場ではもの凄い光景が繰り広げられているのですが、Zekeの乏しい表現力で
は皆様、満足出来ないと思われるので、ここは各々の想像にお任せします。
 尚、この件に関するクレームは当方では一切関知いたしませんので、あしからず。

 ぴんぽーん


「さてと‥‥」
 5分後。テーブルは元に戻され、店内には何事も無かった様にクラシック音楽が流
れ、先程の喧噪が起こる前の状態に戻った‥‥様に見えた。
 只一点、友美と可憐の間で、くったりと背もたれに寄り掛かっている唯以外は‥‥。
「で? 結局コードレス子機は取られたわけ?」
「‥‥、酷いよみんな。」
「文句言わないの、自業自得なんだから‥‥。大体今ので少し胸が大きくなったんじ
 ゃない? 感謝して欲しい位よ。」
 その桜子の言葉に
「82センチでBカップらしいからそこそこ満足なんじゃない?」
 友美が答えた。

 
 その瞬間、場の空気が凍り付いた。いや、正確に言うなら半分だけ、友美・可憐・
唯の反対側に座る3人の‥‥もっと簡単に言えば、80センチ未満Aカップの3人娘
(いずみ・みのり・桜子)の周辺の空気が凍り付いた。
「はちじゅうにせんちの‥‥」
「びぃかっぷですって‥‥」
 あまりのショックにいずみと桜子の台詞が平仮名になる。
 【後の1センチは今ので増えたとか‥‥】
「お、幼い顔の割に、豊かなんですね。」
 その言葉で凍り付いた空気が解け出し、それが緊迫したモノに変わり始める。

 最初に行動を起こしたのはいずみだった。一瞬の隙をついて右手を隣にいる桜子の
胸へ伸ばす。
 むにっ
「なな、なにすんのよ、いずみっ!」
 ところが当のいずみは悪びれるどころか‥‥
「ほっ‥‥」
 安堵の溜息なんかを着いている。
「なっ、なによ、その『ほっ』ていうのは‥‥失礼しちゃうわ‥‥ねっ!」
 クロスカウンターの如く桜子の左手がいずみの胸に襲い掛かる。
 ふにっ‥‥
(ずんっ!)
 がっくりと項垂(うなだ)れる桜子。どうやら いずみ>桜子 という図式が成立
したらしい。
 項垂れた桜子の様子を見て、みのりが慰める様に声をかける。
「杉本さん、大丈夫ですよ。世の中にはきっと杉本さんより胸の小さな人がいますよ。」
 【あまり慰めになって無いようなんだが‥‥】
 それでもなんとか気を取り直す桜子。
(そ、そうだわ。まだ私の胸が一番小さいと決まった訳じゃない。)
「てい!」
 気合いと共に桜子の右手がみのりの胸へ‥‥
 ふにっ
「きゃっ!」
(ずずんっ!!)
 みのり>桜子 という図式も成立したようだ。
 【これのどこがバレンタインSSなんだ?】

 さて、余計な事でライン数を稼いでしまったが、現在の状況は彼女達にとって芳し
いものではなかった。
 Xデイまで残り二日。コードレス子機は敵(敵?)の手に堕ち、いつでも女の子か
らのお誘いを受信出来るようになってしまったからだ。

「加えて最大の敵は、まだ何の行動も起こしてないわ。」
 友美が簡単に纏めてみる。最大の敵とは一応この方

「誰が最大の敵なの? 言って置きますけど、私は年下の龍之介なんか全然気にして
 ないからね。」
 【はいはい、全然気にしてないなら聞き耳を立てないでね。】
 コーヒー&紅茶をトレーに乗せて桜子の背後に登場したのは定着キャンペーン実施
中の叶 愛衣。
 さわさわ
 そんな愛衣に対し、無謀にも桜子が頭の上にある彼女の胸に手を伸ばす。
(ずず―――ん!)
 【負けるな桜子、『ばい〜ん』より『ぺったん』が好きな人も沢山いるぞ。】
「お生憎様、84−Cよ。それからここはピザハウスなの。コーヒー飲むなら『憩』
 に行けばいいじゃない。」
 そうはいかない。なぜならここにいないとイザという時龍之介を止められないから
だ。そしてその場合、龍之介の目標は目の前にいる愛衣なのだ。

 一方、愛衣本人も龍之介といい雰囲気のところを何度かぶち壊されているのでいい
加減頭に来ているのだが、そこはそれ、年上の余裕というのを見せつけたいのか、はっ
きりと言うような事はしていない。
 【あまり余裕があるようには見えないんだが‥‥】
 店員としての義務を果たすと愛衣はさっさとカウンター内に引き上げて行った。耳
の方はどうか知らないが‥‥。

「まあ、先輩の件は置いといて、取り敢えず今日ね。本当ならこの作戦はお蔵入りに
 したかったんだけど‥‥トライレムの準備は?」
「問題なし。」
「すぐにでも実行出来ますよ。」
「じゃあ早速行動に移しましょう。」
 ガタガタと席を立ち始める5人。
「ねえ、『とらいれむ』ってなに?」
 その5人を見上げるようにして唯が訊ねる。
「我々の‥‥切札よ。」
 考案者であるみのりが独り言のように呟いた。

            ☆            ☆

 その日の夕方‥‥
「ただいまぁ。」       
 放課後の2時間を担任の美鈴にみっちりお説教された龍之介が帰宅する。
「いやぁ、久しぶりに片桐先生と話し込んじゃったなぁ。」
 美鈴はみっちりとお説教したつもりだったのだが、当の龍之介はそうは思わなかっ
たようだ。
 美佐子への挨拶もそこそこに階段を駆け上がり、部屋に入る。
 TRRRR‥‥
「おっ、早速掛かってきたな。ほいほい待ってろよ、今出るからな。」
 鍵付きの引き出しに仕舞ってあるコードレス子機を取り出す。
 TRR‥‥ピッ
「はいはい、龍之介君だよ〜。」
 【おばか】
 ところが、期待に反して電話の向こうから聞こえてきたのは聞き慣れた声。
『もしもし龍之介君?』
「なんだ、友美か。何か用か?」
「唯ちゃんは?」
「唯? ちょっと待ってろ。」
 子機を持って唯の部屋の前に立つ。
「おーい唯、友美から電話だぞ。」
 ほどなくして部屋の扉が開き、右手を差し出しながら唯が現れる。」
「何の真似だ。」
 差し出された右手を訝しげに見る。
「コードレス貸して。」
「その手に乗るか。お前は下に行ってリビングの電話で話せ。」
「ケチ。」
「何とでも言え。これ以上邪魔されてたまるか。」
 唯に背を向け部屋に戻る龍之介。
 部屋に戻ると、1分もしない内に再び電話が鳴り出す。
 TRRRR‥‥
「なんだ? 唯の奴もう終わったのか?」
 TRRR‥ピッ

「もしもし」
『あ、龍之介か? 唯を頼む。』
「いずみか。ちょっと待ってろ。」
 部屋を出ると丁度階段を上がってくる唯がいた。
「おい、今度はいずみからだ。」
 唯が無言で右手を差し出すが、龍之介は階段下を指差す。
 渋々と回れ右をする唯。龍之介も部屋に戻る。
 TRRRR‥‥
 そして鳴り出す電話。

「もしもし‥‥」
『龍之介君? 可憐です。』
「か、可憐ちゃん? 珍しいね。どうしたの?」
『ちょっと唯ちゃんに用があって‥‥』
 三度(みたび)唯を呼ぶため部屋を出ると、階段を上ってくる唯と出会う。
 その唯が右手を差しだし、龍之介が階段下を指差す。
 部屋に戻ると鳴り出す電話。
 TRRR

「もしもし。」
『あ、龍之介君? 桜子です。』
「桜子ちゃん? ‥‥あ、あのさ。」
『唯ちゃんいる?』
「‥‥ちょっと待ってて。」
     ・
     ・  
 TRRRR‥‥
「ま、負けるもんか。もしもし?」
『あの、加藤と申しますが、唯さんお願いします。』
     ・
     ・
 TRRRR‥‥
「も、もう弾切れだろう。今度こそ‥‥もしもし?」
『あ、龍之介君? 友美ですけど、もう一回唯ちゃんお願い。』
     ・
     ・
 TRRRR‥‥
「‥‥もしもし」
 さすがに声が殺気立ってくる。
『龍之介か? 唯は?』
 それでも変わらない彼女達の対応。
     ・
     ・
 TRRRR‥‥
「‥‥‥‥」
 もう返事をする気も起きない。
『もしもし? 龍之介君? 唯ちゃんは?』
       ・
     ・
 以下、無限ループ‥‥
 【ここで、作戦名・トライレムについて解説しよう。
  要は五人の女の子達が絨毯爆撃の様に電話を掛けまくり、外部(彼女達以外の女
  の子)からの接触を排除しようという作戦である。
  電話を受ける方も大変だが、掛ける方はもっと大変だ。しかし女の子達の龍之介
 に対する想いはそれをものともしない。】

           ☆            ☆

 激闘8時間。(8時間!?)
 ついに龍之介が音を上げた。
 階段を下り、リビングへのドアを開け、そこで毛布を羽織り、電話番をしている唯
の傍らに立つ。
「俺が悪かった。もう勘弁してくれ‥‥。」
 それだけ言って唯にコードレスを渡すと、そのままバッタリとソファに倒れ込んだ。

 TRRRR‥‥
「もしもし‥‥」
『あっ唯か‥‥。龍之介はどうした?』
 さすがに向こうも疲れ切っている。
「あきらめたみたい。」
『そうか‥‥私も寝るわ。お休み。』
「ん‥‥お休み。」

 TRRRR‥‥
「もしもし‥‥」 
『あ、やっと諦めたのね。』
「みたい‥‥」
『じゃ、お休み。』
「うん。」

 TRRRR‥‥
 それでも唯の孤独な闘いはもう暫く続くのだった。

           ☆            ☆

金曜日(バレンタインイブ)
 公園脇にあるピザハウス。
「明日はバレンタインだから今日あたりたくさん貰えたんでしょ? チョコレート。」
 カウンターの中から愛衣が龍之介に話し掛ける。
 しかし龍之介はカウンターの上にぐったりと突っ伏し、身動きもしない。寝不足の
ようだ。
「‥‥その様子じゃ貰えなかったみたいね。」
 ピクリと龍之介が震える。愛衣の台詞が鋭く龍之介の心を抉(えぐ)ったようだ。
「本番は明日だ。」
 突っ伏したまま反論する。
「へー。じゃ、明日は予定がギッシリで大変でしょう?」
 含みのある言葉に龍之介が劇的に反応した。
「愛衣もグルかよ!」
 【あ、一応策略が巡らされている事には気付いてたんだ。】
「なにが?」
 小首を傾げ、小悪魔のような微笑を見せる愛衣。
「何がって、唯や友美と一緒になって‥‥」
「何の為に? 私は別に血の繋がっていない妹や、物心付く前からの幼なじみや、気
 軽に何でも話せる女友達や、同級生のアイドルや、病弱な美少女や、コンビニのア
 イドルみたいに龍之介に気がある訳じゃないからそんな事する必要ないでしょ。」
 ガシャガシャ洗い物をしながら捲し立てる。
 【思いっ切り気になってるじゃないか。】
「お陰で今日は寝不足だよ。おまけに明日の予定は立ってないし‥‥」
 内ポケットから何やら取り出し、洗い物をする愛衣を見る。
「あー、このチケットどうしよう。」
「アテもないのに買う方が悪いんじゃない。」
「アテはあったよ。連絡がつかなかっただけだ。」
「それはそれは、ご愁傷様で‥‥」
 黙々と洗い物を続ける愛衣。
「‥‥あのさぁ。」
「なに?」
 顔も上げてくれない。
「もうちょっと言い方があると思わない? 一応これでも誘ってるつもりなんだから
 ‥‥。」
 その言葉を待っていたかのように、キュッと水道の蛇口を閉め、龍之介の正面に移動す
る。
「誰を誘ってるって?」
 シンクに手をついて身を乗り出す。
「だから愛衣を‥‥」
「龍之介のオゴリなのかな?」
 さらに身を乗り出す。
「誘っておいてチケット代を取れるかよ。」
「チケット代だけ?」
「‥‥鬼。」
「そうかしら? 私のチョコレートは限定1個の手作りなんだけどなぁ‥‥。」
 龍之介が伺うように愛衣の顔をのぞき込む。
「‥‥義理ならいらないぞ。」
「手作りの義理チョコ作るほど酔狂じゃ無いつもりだけど。」
 【こら待て、龍之介の事何とも思ってないんじゃないのか?】
「‥‥出す。電車賃でもお茶代でもランチ代でも、何ならホテル代だって出すぞ。」
「電車賃とお茶代くらい自分で出すわよ。ランチは龍之介持ちね。」
「ホテル代‥‥」
 くわーん!<武器:ステンレス製のトレイ

「それじゃあねぇ、誓約書を書いて。」
「誓約書?」
「そ、明日は私とデートするって云う誓約書。」
「いいけど‥‥。誓約書なんかどこにあるんだ?」
「こ・こ。」
 愛衣は更に更に身を乗り出すと、竜之介に向け、唇を少し突き出した。
「こ、ここって‥‥ここ?」
 愛衣が返事の代わりに目を閉じてみせる。
 中途半端な時間の為か、店内にお客は一人もいなかった。
 龍之介にしてもそれは解っているのだが、店内を見回し誰もいないのを確認をして
しまう。
 カタン
 極力音を立てないようにスツールから立ち上がり、顔を愛衣に寄せ‥‥
 カウンターの上で二人の唇が軽く触れ合った。
 甘い雰囲気が店内に漂う‥‥

 しかし‥‥
 かららん!
「いたいた。龍之介、これうちの部の女の子から預かったんだ。」
 いずみを筆頭にどやどやと6人が店内に雪崩れ込んでくる。
「龍之介さん、これ一緒にバイトしている女の子達から渡してくれって頼まれたんで
 す。」
「入院してた病院の看護婦さんが渡してくれって‥‥」
「私の追っかけの女の子が‥‥」
「図書委員の女の子が‥‥」
「唯のクラスメートの女の子から‥‥」
 各々5個づつ、綺麗にラッピングされた小箱が龍之介の前に積まれていく。
 しかし良く見ると、ラッピングのパターンが6種類しかない。30個もあるのにだ。
 つまりはそういうことだった。

「それじゃ私達、明日の為に用意するから今日はこれで‥‥」
 ザザ―――――ッ
 波が引く様に去って行く6人娘。
 【恐るべし、作戦名・トライレム。】

 愛衣に背を向けそれを見送った龍之介だが、そのまま固まってしまった。この世の
全ての者が『後ろを振り向いてはならない』と言っている気がしたのだ。

「コーヒー‥‥ 入ったけど‥‥」
 深海1000メートルで体験できそうな静けさを打ち破ったのは、愛衣の地下
1000メートルから響いてきたような声だった。
「あ‥‥ありがと。」
 ゆっくりと振り向いた龍之介の目に飛び込んできたのは、やっぱりアイスコーヒー
のグラスだった。
 今回はご丁寧にも事前にグラスが冷やしてあったのか、表面が結露している。加えて氷
は熱を吸収し易い様に、細かく砕いてあった。
「は‥‥ははは‥‥。」
 【うん。もう笑うしかないよね。】  

           ☆            ☆

「ふんふん♪‥‥」
 鼻歌など歌いながら、チョコレートをハートの型に流し込んでいく。
「よし。後はこのまま冷やして‥‥と。さて問題はどうやって龍之介にこれを渡すか
 なんだが‥‥取り敢えず電話して明日の予定を聞いてみるか。」
 キッチンに備え付けられている電話に手を伸ばす。
「はて? 何か根本的な問題があったような気がするんだけど‥‥」
 ボタンをプッシュしながら考える。
 プルル‥‥
「う〜ん、何だったっけか‥‥」
 プルル プッ
『はい、もしもし』
「あ、唯か? 龍之介は? 帰ってる?」
『はい、そうですけど‥‥』
「は? 何言ってんだ? 龍之介を出してくれよ。」
『あ、いずみちゃん?』
「あ、悪い名前言ってなかったっけ‥‥いずみだよ。龍之介を‥‥」
 ここまで来てようやくいずみはその『根本的な問題』に気づいた。
『えー、うそー』
「こ、こら唯。お前また抜駆けする気か?」
『うん、じゃ、またね。』
「お、おい? 唯? わー、なんて奴なんだお前は!」
 叫んでみるが、回線はとっくの昔に切れていた。

「ふふふふ、甘かったねいずみちゃん。明日、お兄ちゃんとデートするのは唯だよ。」
 特大のハートの型に、るんるん気分でチョコを流し込む唯。
 この様子からも解る通り、他の4人からは既にコンタクトがあり、迎撃済みだった。

           ☆            ☆

 ひゅるるるる〜
 一方こちらは割れた窓ガラスから風が吹き込む龍之介の部屋。
「‥‥俺が何をしたって言うんだ。」
 ベッドの上で毛布を頭から被り、体育座りをしている。早い話が拗ねているのであ
る。
 結局愛衣とは待ち合わせの場所も時間も決められず帰ってきてしまった。と言うよ
り店が混み始めたので放り出されたと言った方が正しい。
 【目の前であんな事が起こりゃ、怒りたくもなるぞ。】
「年に一度のバレンタインに何の予定も立たないとは‥‥。『ナンパ師オブ八十八』
 の称号も、そろそろ返上かな‥‥」
 自嘲気味に呟く。
 【誰に返上するんだ、そんなもん。】
 コツン
「‥‥‥‥まっ、いいか。明日如月町に行って、女の子をナンパしよう。明日町中を
 歩いてる娘はきっとフリーだろうし‥‥」
 【返上する必要無いよ‥‥】
 コツン
「ん?」
 なにか小石のようなものが窓ガラスに当たっているのだろうか、不審に思いカーテ
ンを開けると、手に紙コップを持った友美が立っていた。
「なにやってんだ?」
 ごく当たり前の疑問を友美にぶつけると、友美が人差し指を口唇に当てる。
 喋るなということらしい。
(呼び出しておいて喋るなとはどういう了見だ。)
 と言いたかったが、また広辞林を投げつけられるのも適わないので黙っていること
にする。
 その友美が、持っていた紙コップを1つ龍之介の方に放る。
 中味が入っていると思った龍之介は慌てて身を引いたが、部屋の中に転がった紙コッ
プからは、中味がこぼれる様なことはなかった。
 転がった紙コップを拾い上げ、友美の方を見ると自分自身の耳を指差している。ど
うやら紙コップを耳に当てろということらしい。
 それに従い紙コップを耳に当てる。友美がもう1つ紙コップを取り出し、口に当て
た。
『もしもし、聞こえますか?』
 若干くぐもってはいるが聞き取れないほどではない。
 龍之介が『聞こえるよ』という印に手を振ってみせる。
 それを見た友美はにっこり微笑むと、再び紙コップを口に当てる。
 そして‥‥

『明日のバレンタイン、龍之介君は何か予定が入っていますか?』

                          『Lady Generation4』了


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